Note

ウェブマガジン《アパートメント》

2月1日から毎週木曜日に、アパートメントというウェブマガジンに2ヶ月間に渡って文章を綴らせていただくことになりました。
普段考えていることや感じていること、踊りのことなどを言葉にしていこうと思います。
ゆったり、読んでいただけたら嬉しいです◯

 

第1回目「ただそこに在る、ということ」

第2回目「近くにあって遠い、仄かに気になる存在」

第3回目「ぽかーんとしたからだ」

第4回目「形のない比喩」

第5回目「忘れるための重なり」

第6回目「水やりをする人」

第7回目「霧の中で」

第8回目「循環する問い」

第9回目「言葉という扉」

 

そして、私の文章に音楽家の舩橋陽さんがレビューをお書きくださっています。このご縁も、またまたとても嬉しいです。
舩橋さんの文章もぜひ。

 

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息をまめる

まめるとは、
・まみれる
・一面に塗りつける
・戯れる
・仲間に加わる、交わる
・世話する、肝いりする
・仕事に精をだす
・合う、馴染む
・口が達者でよくしゃべる

という豊かな意味のある、日本各地の方言です。

この作品のタイトルを考えていた時に「息」を「どうする」のか、という動詞がなかなか見つからず、出演者全員が一緒に動いている風景を想像しながら「まめるって感じやねんなー」と頭の中に浮かびました。
「まめるなんて動詞あるんかな」と後に調べたところ、豊かな意味を持つ言葉であることを知り、タイトルに決めました。まめってます。

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フライヤーの骨は、私の背骨と骨盤の骨です。

最近の私をご存知の方は驚かれる方もいらっしゃるかと思いますが、2012年6月19日に腰の外科手術をして、現在は1年に一回経過観察を続けています。
骨盤近く、第五腰椎にビスが2本入っています。これは死ぬまで体内に入ったままです。
術後1日目、私のからだは歩くことを忘れていました。心とからだが完全に解散!した状態、不思議な体験でした。
入院中はずっと院内の手すりを持ってバーレッスンをしていました。
術後2ヶ月で退院しても、日常生活は大変でした。でもなぜか振付の機会があって、寝転がりながら稽古していました。
術後数年は、ずっと一人で稽古してました。今思えば、一人でよくやっていたなぁと思います。
からだのことを勉強したり、動き方を変えていくうちに、少しずつ動けるようになり、指導や振付の機会も増えました。
そして「誰かと一緒に踊りたい」と思うようになりました。

このレントゲン写真は、ある方向から見た「私」という、とある一人の人間の中身です。私の見えないある一面は、こんな風になっています。
人を見た目や肩書き、性別や国籍、言葉や障害、後から名付けられた何かで判断するのではなく、その人の芯を見ること。
既に表出しているものや、出来る・出来ないではなく「〜しようとする」その人の可能性や、心やからだの中の動きを大切にしたい、といつも思っています。

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34歳の私が今思う「ダンス」、それは「動き続けること」です。
それは表出する「Movement」だけではなく、物事を耕し続け、風を起こし、問いを続けることを意味します。
そしてダンスは「目の前にいるあなたと、私の間に生まれるもの」でもあります。
なぜか私は「一緒に踊りたい」と思う動物なようで、どうやったらあなたと一緒に踊れるのか、ずっとその方法を探しています。
それが動きなのか、声なのか、音なのか、描くことなのか、食べることなのか、他の何かなのか。
答えはとても明確で、それしかないもの。
そして生まれた瞬間から消えていくので、ずっと探しています。

今回のダンス甲東園では、ダンサー、役者、パフォーマー、アコーディオニストの皆さんにご出演いただきます。
それぞれが様々な分野で活動されている方々であり、これまで活動を続けてきた中で出会った大切な人達です。
私はこの人たちと「今、一緒に踊りたい」と思いました。そして「この人とこの人が一緒の空間に存在したら、どんなことになるんだろう」と想像しました。

踊るとは?
言葉とは?
声とは?
音を奏でるとは?
伝えるとは?
生きるとは?

自分自身の心とからだと対峙しながら、考え悩みながらも真摯に遊び、互いの息を「まめる」。
どんな時代でも、どんな状況でも、音楽と踊り、言葉は人と共に在る。
今を生きる私たちの姿をご覧いただけたら幸いです。

 

2017年11月10日・11日初演

「息をまめる」に寄せて

 

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初めて「振付」をしたと自覚があるのは18歳で大芸を受験する時。入試でソロを発表するという試験があって、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」に動きをつけて一人で踊った。

二年生の時に自作自演で「frame」という作品を作って踊った。
時間の流れを写真一枚一枚に例えて…という作品で、バッハの曲と映写機の音を映像学科の友人に編集してもらって使った。

三年生では自作他演で、とある和歌を元に「蜻蛉」という作品を作って男女ペアで踊ってもらった。音楽は吉松隆「聖歌の聞こえる間奏曲」。

そして四年生では卒業制作として20分ほどの舞台作品を作った。
タイトルは「The last train」というタイトル。音楽はSteve Reich。
あの世に向かうための、最終電車。その駅で、人は何を思うだろう。
舞台美術コースの友人にデザインと製作を担ってもらい、舞台前面に線路、そして小さな椅子を上手から下手に規則的に流し(なんと20分間美術さんの人力で)、それぞれのダンサーが座る椅子や、背景になる場所に立てる照明など、イメージを元に一緒に作りあげていった。

この時に美術の友人から「この作品の意図は?」「なんでこの場面はこうなるの?」「この美術は必要なのか」とたくさんの問いかけをもらった。
頭に中にあるイメージを人に伝え、それを表現してもらうその循環、一緒に作品を作っていくこと。
この時に問われたこと、二食(学食)の上でいっぱい話したこと。ダンサーに何度も何度も稽古してもらったこと。

この体験が本当に、心の底から楽しかった。
どうやったら伝えられるのか、伝わるってなんだ、伝えるってなんだ、絞り出して必死になって。そして作品は一瞬で消えていく。

「The last train」は生きること、そして死んでいくこと、その循環の意味を問う作品でした。いつか必ず死ぬのに、生きることに意味ってあるのか。 その時自分が出した答えは「意味はある」だった。

いまも、その思いは変わらない。
作品作りを通して他者と関わり、その間に生まれるものをずっとずっと感じて、見て、声を出して動いて奏でて、生きていたい。

本当に一人ではできないこと。だからいままで一緒に作品を作ってくださった人、一人一人に感謝。

そして今目の前にいる人と、今もこれからもずっと、必死に交わりたい。穏やかに、静かに。
その先へいきたいと、思う。

 

2017年11月2日

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